Toshio ARAI荒井 敏雄CREBAR FLAVOR.
市川造園細野 達哉Tatsuya HOSONO
スペシャル対談vol.02

職能の
Re design

市川造園東京作業所が社会との多様な接点を探る対談企画。東京作業所設立当初、私たちはこれからの造園業がしつらえるべき「店構え」としてのWEBサイトをつくろうと、共に考えて制作に挑んでくれるWEB制作会社を探していた。その中で出会った株式会社クレバーフレーバーは、農家を応援する取り組みで注目を集める一風変わったチームだった。彼らの理念やWEBデザインの思想と、市川造園東京の理念や「緑師」の概念について、お互いを知るために行った対談の記録。

CREBAR FLAVOR.荒井 敏雄

栃木県宇都宮市を拠点に活動しているWEB制作会社、株式会社クレバーフレーバーのデザイナー。企業理念は「ちゃんとつくる」。栃木県の野菜や農業の魅力を伝える農家応援サイト「カジル」を運営しており、栃木県庁が創設した「いちご学科」や、JAうつのみやのホームページといった農業関係団体のWEBサイトをはじめ、地域に根差した農家や多くの企業のWEBデザインを手がける。また、不揃いの野菜をテーマにした絵本「へんなやさいシリーズ」を刊行し食育のプロジェクトを展開するなど、単なるWEB制作会社の枠を越えた幅広い活動が注目されている。株式会社市川造園東京作業所のWEBサイト「みどり、になう。THINK THE GREEN JOB project」を制作。

CREBAR FLAVOR.小林 拓馬

クレバーフレーバー代表取締役。栃木県の農家応援サイト「カジル」総合プロデューサー。
印刷/WEB制作会社に26歳まで勤務後、生命保険会社の個人代理店全国最年少で設立。2014年から企業・栃木県美容専門学校・就労支援施設の講師としても活動している。

市川造園細野 達哉

株式会社市川造園 東京作業所 職能開発担当職員。
樹木医、1級造園技能士、1級造園施工管理技士。登録ランドスケープアーキテクト、自然再生士資格取得。(一社)日本庭園協会 国際活動委員。
東京農業大学造園科学科卒業、同大学院造園学専攻博士前期課程修了。
2018年に文化庁新進芸術家海外研修制度に採択され、米国オレゴン州ポートランド日本庭園に1年間勤務。
日本ガーデンデザイン専門学校、武蔵野美術大学非常勤講師。
株式会社バイオカルチュラル・デザイン代表取締役。

現代の店構え

細野
特に造園会社には店構えというものがないんですよ。土場と言ってトラックを停めたり道具を置いたり作業をしたりする場所があって、休憩したり事務作業したりする建物があれば仕事になるので、店構えっていう概念がないんです。東京作業所設立当初、現代の店構えとは何だろうと考えたときに、それはWEBサイトだと思ったので、そこには力を入れてやろうと考えました。
荒井
今までとは違う「店構え」の概念ですよね。うちには実際の「店構え」はないもんね。だからこんな事務所(株式会社クレバーフレーバー所在地)で作業をしている。
細野
インターネット上での「店構え」ですよね。ちなみに、市川造園東京作業所では路面店舗型の事務所、普通だったらラーメン屋さんみたいなお店が入っているような一階のバス通りに面している物件を借りまして、ガラス張りに改造して中が見える、街の中に造園屋さんが息づいていることをみんなに知ってもらうための事務所をつくりました。そこではいずれワークショップやギャラリーなど、地元の人と交流するイベントをやろうと計画しています。WEB上にも街中にも、社会との接点になるような「店構え」のある造園屋さんを目指している感じです。

農家応援サイト 「カジル」

細野
私たちがWEB制作会社を選ぶときに、何らかの付加価値が欲しかったのと、何か異業種コラボのような形でやりたいという考えがありました。単純にこちらが注文したことをやってもらうだけのような関係は望んでいなかったので、実際に僕らの仕事を見て知ってもらって、WEBサイトの制作を一つのプロジェクトとして同じ方向を向いて取り組んでくれる会社に頼みたいなという思いがありました。そこにクレバーフレーバーがピッタリきた。小林さんは実際に私たちの作業現場を視察しに来て下さいましたね。またこの栃木県の農家応援サイト「カジル」というのも、企画力が感じられて魅力的でした。私たちがやりたいことを伝えたら、それに対する皆さんなりのビジョンを描いてくれるんじゃないかと思ったので、市川造園東京のWEBサイト制作を依頼しようとなりました。ところで、この栃木県の農家応援サイト「カジル」についてですが、WEB制作会社がなぜまた農家応援サイトを自主的にやろうと思ったんですか?
荒井
そもそもは皆の実家や親の出が農家というバックグラウンドがあって、農家を応援したいよねという気持ちがありました。会社立ち上げ当初は仕事が立て込んでいなかったので、農家を軸に何か企画して実験的に発信することで成長していこうという思いがありましたね。最初はとりあえず農家さんを応援して、何かまとまったらそこからまた新しい発見があるんじゃないかっていう。
細野
じゃあ結構見切り発車だったんですか?
荒井
見切り発車でしたね(笑)。農家を応援したいっていう種を植えて、それが徐々に育っていってどんな実がなるだろう、自分たちの思いや気持ちをのせたらどんな花が咲くだろうと。まずはとにかく育てていくっていうことに重きを置いたっていう感じですかね。
小林
現在 200名以上の方々が「カジル」にご登場頂いていますが、最初の頃の方たちなんて全然わからずに写真を撮られた人たちです。知り合いの農家さんや紹介だけを頼っていると広がらないし繋がらないので、全く知らないところを探っていって、「農家を応援したいんです!」って結構突撃みたいな感じで農家さんのところに行って、ご自身が作っている野菜を実際にかじってもらって写真を撮らせて頂いたんです。
細野
「カジル」というタイトルや発想も面白いですよね。
荒井
農家さんが一生懸命作ったものって、きっと一番おいしいじゃないですか。でもそれってなかなか伝わらない。どうやって伝える?と考えていた時に、かじりついた瞬間が一番おいしいよね! というところから「カジル」という発想が生まれたんです。
細野
かじるという言葉や行為をあてがうのはかなりコンセプチャルなので、これが皆さんなりのデザインのアプローチなのかなと思いました。野菜をかじるというのは、美味しさだけでなく食の安全も、愛情も表現しているように感じます。どういう切り口で農業を紹介していくのかというのがすごく明確に伝わる。ちなみに、かじれないものはどうしたんですか?
小林
豚はチューしてもらったんです(笑)。かじるとよくないねって。子豚ちゃんなんですが。牛はかじってもらったんですけどね(笑)。愛情が伝わればいいなというのがあって、次に農家さんを特集する記事を書いたんです。農家さんのバックグラウンドとか、どういった思いや苦労があったのかとか、なかなか聞けないことを記事にして作った。プレゼント企画で米100キロとかそういったこともしました。

応援をつくる

細野
最初は一方的に応援していたものが、徐々に「社会全体が農家を応援すること」を促進するサイトになっているなと感じました。「応援をつくる」というのは私たちにとっても重要なキーワードで、市川造園東京にも、応援してもらえるような会社になる、という目標があります。そのためには、僕らのやっていることを変えるよりも、まず僕らのやっていることを知ってもらうのが一番大事じゃないですか。それを緑師という新しいジョブタイトルと一緒にWEB上で広めていく。それをブレずにやっていければ、いずれこの業界の認知されていなかった部分や人間に社会の目が向いて、より一層頑張っていけるような会社、業界になれるんじゃないかと思っています。
荒井
たしかに。「応援をつくっている」という実感はなかったけど、そうですね。
細野
そこにピンときまして、WEBサイトを作ってもらおうという流れになりました。
荒井
「カジル」については、全くお金をもらっていないんですよ。ただただ「応援」なんですけど、自分たちにとっては広報的な役割になっています。いろんな農業関係者が、彼らが農家を応援してくれるから僕たちのところもお願いしたいなとか、一緒に農家を応援していきたいなとか、そうしてどんどん輪が広がっていって、そこから仕事に繋がっています。
細野
JAうつのみやのWEBサイトまで手がけられていますよね。ついに行くとこまで繋がって行ったなって感じで。
小林
「イチゴ学科」もまさにそうですよね。栃木県庁の栃木県農業大学校がイチゴをつくるプロを育てる学科を作ったんです。そのWEBサイトを制作させて頂きました。
荒井
こういうのがどんどん出てきて、また野菜だけでなく果樹も強くなるので、我々も一緒に成長しているなという感じですね。さっき応援してもらうみたいなワードが出てきましたが、農家さんを良くも悪くも巻き込んだことが応援されるきっかけになったのかなと思っています。自分たちだけで完結していないのが良かった。
細野
そうそうそうそう。良いかたちで巻き込んでいますよね。
荒井
そうすると、その人たちが逆に私たちに対して興味を持ってくれて、一つのことがどんどん派生していって、すごく広がったなという感じがあります。余力があればもっと広げられるもんね。
細野
皆さんは最初から何か農業に対する問題意識があったのでしょうか。
小林
うちは米を作っていまして、頑張った成果がきちんとお金に反映されないというのはもちろん市場原理ではわかってはいるんですが、だからとはいえ、やっぱり頑張っている後ろ姿を見せたいな、埋もれちゃいけないなっていうのがありましたね。
荒井
最初から農家さんをもっと見て欲しいっていう感じがあったよね。こんな想いでやっているんだよ、ただスーパーに並んでいるだけに見えても、その前にこんな苦労があるんだよっていうのを知って欲しいですね。
細野
まさに僕たちと一緒ですね。造園業の僕たちをもっと見て欲しいという。

「ちゃんとつくる」

細野
おいしいものであれば売れるというわけではないですよね。一時期、トレーサビリティというのが定着したじゃないですか。野菜にどこのだれが作ったというシールが貼ってあって、生産者が分かるという取り組みです。ただ、それが分かったところでというのがあるじゃないですか。どこの誰ってことだけでは、その人の人柄はわかりませんからね。皆さんの取り組みは、その辺を補填していくような点で農家をサポートしているように思えます。現在は閉店していますが、以前、高橋がなりさんが国立市ではじめた「農家の台所」というレストランがかなり話題になったんですよ。農家直送野菜が山盛りのビュッフェになっていて、生の野菜がモリモリ食べられるレストランなんですけど、階段のところとかにぶわっと農家の人たちの格好良いポスターが貼ってあるというプロモーションのやり方。選挙ポスターのような。一時期、並ばないと入れないほど人気がありました。農家を直接経済に乗せるにはどうしたらいいかというので取り組んだ、有名どころでは先駆け的な取り組みだったのかなと思います。野菜の市場価値をあげるために、農家さんに焦点を当てて、そこにデザインするという志向を持ち込んだ。
荒井
農業をテーマとして、そういうビジネスモデルを作ったということですよね。
細野
そこで、皆さんの仕事の流儀や、デザインすることに込められた思いみたいなものも聞きたいなと思います。
荒井
会社設立当初は、「おもしろいをデザインする」という理念からスタートしたんです。面白いっていうのは人それぞれじゃないですか。商業デザインはクリエイターの仕事とは全然違うと思っています。僕たちがやるものは商業デザインなんで、クライアントさんが面白いと思っていること、悩んでいることに向き合うことがすごく重要です。その事柄も人それぞれで、単純に企画ができているけど形にすることができない人もいれば、全く分からない人もいる。面白いものを作りたいけど何もアイディアがない人もいる。そんな人それぞれの悩みを解決する、良いものを作るっていうのを、ワクワク感を持って取り組んでいくという。そういう意味で「おもしろいをデザインする」という理念がありました。ただ、何年か経営していく中で技術も上がり都内の案件も頂くようになったりすると、ただ面白いものを作るというよりも、一つ一つに責任を持って作んなきゃいけないなというフェーズに移って行ったんですね。それで現在の「ちゃんとつくる」という理念に至りました。面白いものをちゃんとつくる、かっこいいものをちゃんとつくる、そこに行き着いたって感じですね。
細野
ちゃんとつくらない会社もあるってことですかね?
小林
なかにはいるみたいですね(笑)。
荒井
「ちゃんとつくる」には私たちなりの理念があります。言われたものを作るのがちゃんとつくることなのか? ということです。お客さんに合わせて悩んで考えた上で出来上がったものがちゃんとつくられたものですよね。言われたものを作るというのは、ただただやるというか、「ちゃんとつくる」ではないですよね。少なくとも、ちゃんと考えてないなって感じになっちゃいますよね。全部合わさって「ちゃんとつくる」という発想です。
細野
それは僕が求めていたコラボレーションのモノづくりですよね。造園ではこちらはプロですが、WEBに関してはそちらがプロです。僕らの要望だけ聞いたら僕らの発想の域を出ないWEBサイトになってしまう訳ですから、そこに一緒に作る意味があるわけですよね。

職能の尊厳 「緑師」

細野
市川造園としても、僕個人もそうなんですけど、あまり「業者」って呼ばれたくないんですよね。業者には違いないんですけど、仕様書通りに言われた通りにやれば良いみたいな顧客との関係は、本望ではない。僕らの仕事は、実は現場でとんでもない判断をいっぱいしているんですよ。実際に木を切るわけですからね。例えば、植栽管理作業の仕様書には植えてから何年経った木なので弱めに剪定とか何十年も経った木だから強く剪定とか、機械的に作業内容が決められている場合があります。弱、中、強みたいに剪定作業の度合いを示す仕様書を職人に投げて、職人がこの指示だったら、この木だったら、どこをどうやってどれだけ切るかという判断を、その場でしているわけですよ。このことにとても価値があると思うんですよね。木を切る作業自体に報酬が払われていると思われがちですけど、木を切る時の判断に対する評価が軽視されているような気がするんですよね。結局、モノづくりをしているのは元請け会社だけではなくて、我々現場の人間も重要な局面を担ってやっているということを、多くの皆さんに知って欲しいですね。
荒井
作業前と作業後の間の部分が全く世間に知られてないですものね。
細野
そうなんです。日本の植木屋の剪定技術というのは、世界でも稀にみるものです。日本の職人さんは当たり前に植木の剪定をしていますが、それって世界的に見たらすごく文化的で高度な作業なんですよ。決して当たり前なことではないんです。
荒井
すごくクリエイティブな感じがしますよね。無駄な枝を切って形にしていくわけですよね。
細野
色々な職人の経験値から生み出される決断、判断、木を見てその性質がわかるっていうのは、「職能」なんですよね。それを「業者」と呼んでくれるなと。「ちゃんとつくる」という思想と同じです。そこで、「緑師」という新しいジョブタイトルで私たちの仕事を表現してみるのはどうかということになりました。庭師というとやはり芸術家みたいなイメージが付きますよね。でも造園工、緑地管理業者って言われると、途端にクリエイティブなイメージがなくなります。働いている人間は同じ職能を持った職人さんなんですけど。また、私たちは「庭師」という職能を表す言葉にも限界があると感じていたんです。社会的には造園工や緑地管理業者ですが、日本の庭園文化や技術を継承しているクリエイティブな職人なわけですから、それなら都市の緑を担う文化的な職業として、我々自身をもう一回つくり直す、「Re design」しようと。それで「緑師」という言葉が生まれたんです。

みどり、になう。THINK THE GREEN JOB project

細野
緑という言葉は多義性がある言葉です。単純に言えば、色の緑や、植物。地球や環境全体を指したり、平和を指したり、若いというポジティブな意味も持っていますよね。つまり、緑師というのは都市の百姓だと。何でもやるけど、都市の機能や持続性のためにやるっていう。例えば、農家さんが田んぼの畔を直したりするじゃないですか。そのように僕たちは都市の緑を改善・維持していく、というようなことです。グリーンインフラという言葉があって、これは道路や上下水道やガスや電気のような都市のインフラと同じくらい、緑が都市にとって不可欠だという考え方で、ここ最近になってようやく定着してきたものです。このグリーンインフラこそが我々の活躍の場だなという再認識があって、だから緑という言葉を職人に繋げたいなと考えたんです。あと、実はこのWEBサイトのTHINK THE GREEN JOB project という英語のサブタイトルは、最初に「みどり、になう。」というタイトル案を伝えたときに、荒井さんが考えてくれたThink green projectという言葉をアレンジしたものです。この発想はどこから来たのでしょうか?
荒井
みどりをになうというのは緑を考えるってことだと思ったんです。木を切ることが仕事じゃなくて、地球や営みを含めて、それを考えるプロジェクトだなという感じがしたんですよね。
細野
これは、私たちの考えにとてもマッチしていたことなんです。実は、市川造園東京を立ち上げる時に、これは一種のプロジェクトとしてやっていこうという想いがありました。業界の在り方、職人の在り方、働き方や社会的価値を変えるっていうのが立ち上げメンバーの共通認識だったんです。上下関係とかは最小限で、修行という概念は僕たちにはない。職員たちはプロジェクトメンバーとして自分の得意な分野を伸ばして欲しい。もちろん若手には技術的なことは教えますけど、庭師の業界にありがちな最初の三年間は掃除だけみたいなのはやらないで、皆対等な関係で組織づくりをやっていきたいと考えた。そこで、会社としてのホームページも、漠然とプロジェクトとしてのホームページにしようと思っていたんです。それで、最終的にTHINK THE GREEN JOB projectというタイトルにしました。ここではgreen jobという言葉に二つの意味を込めています。一つは我々の緑に携わる仕事という意味。もうひとつは、環境負荷を最低限にして持続可能なレベルにしつつ、採算を合わせていく事業の事をgreen jobというので、その意味です。この言葉を当てはめることによって、僕たちがやりたいことが少しでも正確に伝わるんじゃなかと考えました。我々の業界の大きな課題なんですが、そもそも都市の緑のメンテナンスの仕事は利益率が低くて事業として採算が合わないことが多い。だからみんな無理しながらやっています。もう職人を遊ばせないために無理やり仕事を取っているという感じが見受けられますね。そんなことでは新しい会社も生まれないし、当然社員も入ってこない。それじゃあ持続性が全然ないんですよ。それなのに東京ではこれからインバウンドが頼りというのもあって文化的できれいな都市空間が要求されています。その時には職人の感性とか技術とか判断力みたいなものってすごく必要ですよね。これはなんとかしなきゃいけないと考えて、THINK THE GREEN JOB projectというタイトルを付けたんです。

造園業に足りなかったこと

細野
造園業界に足りなかったことは、一つに情報発信です。社会に応援してもらえるようでないといけない。そのためには、我々が何をやっているのか、何のためにやっているのか、それを知ってもらうための努力が必要です。これが今まで造園業全体として足りなかったように思うんですね。例えば、庭園見学会とか、ガーデニング講座とか、そういうのはまぁ色々な組織が頑張ってやっているんですけど、それって庭園の良さとか凄さとか、面白さを伝えるということであって、我々の仕事の魅力を伝える活動ではなかった。それともう一つは、現代社会に通じるビジョンやミッションを明確に捉えて事業に取り組むという姿勢が造園会社には圧倒的に足りなかった。我々が何のためにマンション外構のメンテナンスをしているのか、何のために庭を作っているのか、それが社会にとって何の価値があるのか。要するに、職業の大義ですね。みんなぼんやりと分かってはいたと思うんですけど、明確に打ち出していく事はなかった。何のために仕事をしているかわからない人を、応援しますか? 例えば株を買う時に、何の会社かわからないのに買いませんよね。この会社を応援することによって、どんな社会貢献ができて、自分に返ってくるのか。こういう社会一般の意識を捉えていくときに、会社としてビジョンやミッションが無いというのはおかしい。なので、市川造園東京作業所では我々のミッションを明確に掲げています。それと、言葉なり、店構えなり、WEBサイトなりを、ちゃんとデザインすることですね。それは、私たちの業界を応援して頂くための窓口になるわけですから。
荒井
造園業の方だけじゃなくても、モノをつくる人って発信することが苦手な人が多いように思うんですね。僕たちも基本は職人なんですよ。だから根本的には苦手なんだと思います。
細野
やっぱりどこか謙虚さが邪魔するというか。
荒井
そうそうそう、なんか自分が作ったものを褒められるとかは得意じゃないですね。うれしいけどあんまり褒められたくない。一年前ならいいですけど二年前のものを褒められるとちょっとなあ、みたいな(笑)
細野
ですね。ただそういう私たちが苦手な発信作業も、できるだけ自分たちでやりたいという思いがあります。というのは、職人ではない他の業種の人たちにその先を越されて「見てください! 日本の職人さんすごいんです!」というように発見されてしまうのがちょっと悔しいんです。僕たちが当事者じゃないかっていう。だから僕らからできたらいいなというのがあるんですよね。

人の営みにフォーカスする

細野
「カジル」のサイトをみていると、無意識かもしれませんが、これが流行というか一般的なのかもしれないですけど、「人」にフォーカスしていますよね。これがすごく重要な切り口になっていると思います。ここに我々の共通点があるのではないかと思いました。主役は結局「人」なんです。農業でも都市の緑でも人が関わらなければ存在しませんから、一番大事なのは人の存在と情熱で、それにフォーカスすることによって応援が作られていくということです。市川造園や「カジル」がやろうとしている取り組みというのは、これらの産業の普遍の部分、変わらない人の営みを、どう現代社会に伝えて、端的に言えば経済に乗せるか、どう社会にリンクさせるかということです。それに取り組むのが我々の共通軸なのかなと。そのために今やっていることは、人にフォーカスするということだった。僕はHumanityと言いたいと思います。人類性みたいな意味で。例えばこの「カジル」のサイトの写真で捉えているのも、人がモノをかじるという行為、それに伴う笑顔だったりとか、そういうHumanityが感じられる瞬間をデザインすることで、社会の理想とつなげていく。市川造園東京のWEBサイトの写真も若林勇人さんという写真家さんに作品というスタンスで撮影して頂きました。エンジントリマーを使ってガーっとやっているのとか、普通だったら絵にならないですよ。でも若林さんの希望で職人の表情であるとか立ち姿であるとか眼差しとかを撮りたいということになって、見事なHumanityが表現されることになりました。
荒井
人にフォーカスするとストーリーが見えてきますよね。ただの作業が、写真にすることでストーリーや人間性が感じられるようになって、付加価値が生まれますよね。それが創造性につながっていくのかなと思いますね。
細野
人にフォーカスしていくというやり方が、一種の時代性をとらえた商業デザインのやり方なのかなと。普通に考えたら、野菜が商品なら野菜にフォーカスしがちだと思うんですよ。
小林
野菜の違いっていうのは、作り手の違いだけなんです。種は一緒なので。
細野
そうか。そうですよね。それで味も変わってきてしまうってことですよね。
荒井
どうやったら棚に並んでいるトマトとかのうまさの違いだったり、他のことでその魅力が伝えられるかなと思ったときに、人でしたね。自然と人に行きましたね。
細野
それがやっぱり時代に合った感覚なんだろうなと思いますよね。文化財庭園とか古い庭園なら造られた歴史や価値を滔々と語る情報発信はありますけど、それらの庭園というのはずっと人が携わってきたから今に存在するもので、一種の虚構なんですよ。人が関わっていなかったらもう今頃ぐちゃぐちゃなんですよ。庭園なんて草が生えて美しいなんて言えない状況でしょう。庭を鑑賞することも大事ですけど、そこに人が絶えず関わっていることを認識することも大事なことだと思うんです。その一人が、職人たちなんです。だから僕らの切り口は、職人の視点から庭や外構空間を見ていくっていう。
荒井
日本って管理された植物に慣れちゃってて、当たり前になっているから、職人さんが維持しているんだなというのは伝えなきゃいけませんよね。そうすると農家も一緒ですね。
細野
常に供給されているのが当たり前になっちゃっているんですよね。ちなみにアメリカで美しく枝ぶりを見せて剪定するのはAesthetic pruning、美学的な剪定、という言葉になります。どちらかと言うと盆栽寄りの考え方ですよね。特別なことなんです。向こうで剪定するのは果樹くらいです。それは収穫量を増やすための剪定です。美しさのために剪定するのは趣味に近い。しかし我々は常にAesthetic pruningをしている。日本では当たり前だけど、実はかなり文化的なことをやっているんですよ。こういうことを、私たちの取り組みによって皆さんに気づいてもらえたらなと思っています。

未来へのデザイン

細野
最後の話題ですが、絵本の「へんなやさいシリーズ」を作られた経緯を教えてください。
小林
野菜には規格があるじゃないですか。プロ農家でも形が変な規格外のものがどうしてもできちゃうんですよね。今まではそれを安く売ったり加工したりとかしていましたが、何か違う方法に変えられないかなと考えた結果、変な野菜がテーマの絵本とセット売りにしたら、その規格外の野菜に価値を与えることができるんじゃないかなと思ったんです。曲がった野菜にしかない価値を持たせようと。野菜がないときは絵本単体でも売っていますけど、基本的にはセットで売っています。
荒井
みんな農家だったんで、小さいころから曲がったキュウリとか食べていて味が変わらないのを知っていたんですよね。この絵本では、将来の日本を支える子供たちに曲がった野菜って変じゃないんだよというのを教えたい。差別とかいじめをしないっていうことにも繋がっていて、時代に合っているなあと。食育ですね。
小林
ちょうどこのあいだ、保育園とのコラボイベントをする予定だったんです。この絵本の読み聞かせをしながら親子で一緒に料理をして給食を作る。それを通して分かるものがあるんじゃないかなって。コロナで中止になっちゃいましたけど。
細野
野菜と経済と食育と差別の話が複合的に絡んでいるっていうのはかなり面白いですね。
荒井
時代にすごくマッチしているなと思います。
細野
子供向けにプロジェクトを展開したというのが興味深いです。もし次に皆さんとコラボするならどんなプロジェクトが良いかなと考えていて、実は絵本をつくれないかなと。子供のなりたい職業ってあるじゃないですか、最近ではユーチューバーがランキング上位とかで話題になりましたけど。男の子のランキングでは、サッカー選手とかが入っている中に、毎年10位以内に大工(職人)が入っているんですよ。意外ですよね。鉋(かんな)を引いたりしている大工さんって最近見ないのに、子供が大工を知っているのはどうしてだろうと思って。今はプレカット工法が主流なので、出来上がった壁や柱をパタパタパタって組み上げていくやり方です。昔ながらの大工さんとなると宮大工とかで、決して身近ではないはずなのになぜか子供のなりたい職業にランクインするという。おそらく絵本とか漫画とかで知らないうちにインプットされていて、大工さんは家を建てるカッコイイ人というのが身近な教育の中にあるんですよね。これは僕の夢なんですけど、具体的に造園業がランキング20位以内には入って欲しいなと。大工が入っているということは、可能なんじゃないかなと思うんですよね。それだけ魅力のある仕事だと思うし、持続的ですし、文化的です。この仕事は人類普遍の営みなんですよ。社会に不可欠な仕事です。うまくRe designできれば、夢が叶うかもしれないと思っています。
荒井
絵本というのは、子供たちになりたい職業に就いてもらいたい想い、プラス、新たな人材を育てたいというのもあるんですか? もっと造園業を知ってもらいたいとか。
細野
そうですね、もっと知ってもらって、ぜひ後継者になってほしいというのがあります。この業界は深刻な後継者不足なので。庭園を造るということには結構みんな憧れるので、大学を卒業したばかりの若者とかは、庭が造りたい一心で就職したりするんですけど、実際はカッチリした庭園を造るような仕事はどんどん無くなっています。特に都内では。それで、勤め始めてみればマンションの植栽管理ばっかりで、仕事をしても誰かに感謝された実感もなく、しんどいばっかりで辞めちゃう。でも市川造園の発想は、これは社会にとってすごく大事な仕事だから、かっこ良いものにしましょうよ、ということなんですね。これに取り組むことで、後継者不足の解決にも貢献できれば良いなと思っています。より夢のある職業にしていきたいですね。そのためにはまず、自己実現と社会貢献と収入、このトライアングルを整えていかないといけない。そうしないと、多くの人が一生を捧げられる、夢のある仕事にはなって行かれないですよね。
カジルの絵本「へんなやさいシリーズ」
話者
株式会社クレバーフレーバー:荒井 敏雄さん・小林 拓馬さん
株式会社市川造園 東京作業所:細野 達哉(職能開発担当)
取材 / 2020年8月  編集 / 2021年7月