KANAZAWA Yumiko金澤 弓子東京農業大学
市川造園栗原 裕也KURIHARA Yuya
造園技能検定の要素試験(通称:葉っぱテスト)の練習風景。市川造園東京作業所三鷹事務所にて。
スペシャル対談vol.03

緑師のススメ~グリーンインフラの担い手~

今、造園界が注目されている。
電気やガスと同じように生活に必要なインフラストラクチャーとして自然や緑が認知され始め、環境に対する関心は今まで以上に高まってきた。造園業界は、そうした機運をより高め、次なる時代を牽引する業界でならなくてはならない。それには、より多くの、優秀な担い手が必要だ。
これからの時代を担う世代を、造園業界を盛り上げるために必要なことは何か。大学時代から切磋琢磨し、造園という分野を通じて社会に携わってきた2人が、造園業と社会の接点の持ち方について模索するための対談企画。

KANAZAWA Yumiko金澤 弓子

東京農業大学 地域環境科学部 造園科学科 准教授
博士(造園学)
東京農業大学造園科学科卒業、同大学院造園学専攻博士後期課程修了
東京農業大学大学院 造園学専攻 博士前期課程修了後、西日本短期大学 緑地環境学科での勤務を経て、2014年から東京農業大学に在籍。2019年より現職。教鞭をとる傍ら、学外の社会活動として、一般財法人日本緑化センター「樹木と緑化の総合技術講座」講師、全国1級造園施工管理士の会「すてきな造園空間施工管理技術作品コンクール」選考委員なども行っている。専門はサクラ。

KURIHARA Yuya栗原 裕也

株式会社市川造園 東京作業所長
1級造園技能士、1級造園施工管理技士
東京農業大学造園科学科卒業、同大学院造園学専攻博士前期課程修了
まちづくりシンクタンク、植木屋での勤務を経て2019年より現職。
主な実績として、クーデンホーフ・ミツコ記念日本庭園作庭プロジェクト(オーストリア・2008)、リヒャルト・クーデンホーフ=カレルギー記念平和の石庭作庭プロジェクト(チェコ・2015)、茨城県利根町を拠点とした6次産業化構想策定(2016)、紅桜公園改修構想策定(札幌・2017)への参加がある。金澤先生と同期。

金澤先生のゼミ風景。造園学を通して次世代の人を育てる。

これからの世代を担う人材を育てる

グリーンインフラ(自然が持つ多様な機能を賢く利用することで、持続可能な社会と経済の発展に寄与するインフラや土地利用計画)という言葉の普及によって、造園業界の活躍がより求められる社会になりつつある一方で、担い手不足が課題となっている。これは何が原因なのか、業界として改善できることはあるのか。次世代を担う若者を育てるために求められることや、今後の造園界を盛り上げていくために望まれる教育の在り方について考えたい。

栗原
今の造園教育と昔のあり方で違いはありますか。
金澤
変わってきているんじゃないでしょうか。私の課題でもあるし、造園科学科の課題でもあると思うけれど、造園学の概念的な考え方やトータルな視点で造園学を教えられる人は減ってきてる印象があります。それぞれが専門家、エキスパート化していて各々の専門領域については深い話を語れるけど、全体を通して造園学を語れる人が少なくなってきています。私たちが学生の頃は、進士五十八先生※1がその役目を担っていましたよね。先生の授業や講義は、私たちが造園を選んで正解だと思わせてくれる内容でした。
栗原
造園学の概念的な視点は今の時代にとてもマッチしていて、社会に求められる考え方の一つであるのは間違いないと私も考えています。その視点を持った方が増えるのは、社会にとって大きなプラスになりますよね。
金澤
私が中学校の教員を志望していた時、造園科学科の先生が造園学の視点を持った人が他業界に行くことは良いことだと背中を押してくださり、とても心が軽くなりました。同じように自分の学生が、他の業界であれ造園学の視点をもって活躍してくれるのは教員として嬉しい限りです。ただ、それが学生に伝わりきっていないのが難しいなと思うところで。造園系ではない職種に就職することを申し訳なく感じている学生がいるけれど、活かせることはたくさんあるから頑張りなさいと伝えています。
栗原
造園学の概念的な視点は、残念ながら造園業の現場でも十分備わっていません。私が実務を通じて感じる点は、現場の職人さんたちは自分たちの仕事がどのように社会に貢献しているのかを把握しきれていないことでしょうか。例えば、緑地の維持管理の仕事はルーティンになりがちで、モチベーションを保つことが難しいケースも見受けられます。しかし、自分たちの仕事がただ単に目の前の緑をきれいにしているだけではなく、間接的に周囲の様々な環境に影響を与えている、社会に大きく貢献しているという視点は欠けています。すごいことをやっているのに、自身で理解していないのはもったいない。
金澤
農大では概論系の授業が分担制になっていて、授業の担当者は講義の内容が自分の得意分野に偏る傾向もあります。専門家の授業なので講義自体は楽しいけれど、それらの講義内容を概念的な視点で結びつけるのは学生自身の力では難しいかな。ただ、若い先生同士の研究室の垣根はなくなってきているように感じます。
栗原
私自身、進士先生にはスペシャリストにはならずゼネラリストになれと口を酸っぱくして言われました。同じ意味ですが”百姓になれ※2”とも言われましたね。一つのことだけを見ていると、物事の本質を捉えられなくなるよと。
金澤
アカデミアの世界はまだまだオープンとは言い難く、自分たちの世界で完結している場合が多い印象もあります。概念的な視点を身に付けるには、そうした点に対するアプローチも必要になるのかなと思っています。
造園業の若手の育成についてはいかがですか。
栗原
若手に対して厳しいイメージがありますよね。やりたいことがあったとしても入社してしばらくは下働きが基本で、なかなか根気のいる仕事です。そうした育成方法が、今日までの優れた樹芸文化を引き継いできたのは紛れもない事実なのですが、働き方に多様な選択ができる現代のスピード感で捉えると、あまり適していないのかもしれません。基礎はどんなことでも大切なのですが、基礎を磨く過程が雑用を押しつけられていると感じると、すぐに離れてしまいます。
金澤
雑用であっても誰かがやらなきゃいけない仕事なので、それをしっかり取り組むのは大切なことですよね。身に付けたことを無駄にするかどうかは自分の気持ち一つだし、どうせやるなら何かのためになるという気持ちが望まれますね。
栗原
植木屋さんは就業人口が少ないと言われていますけれど、仕事をしている人たちは本当に造園の仕事を好きでやっている人たちが多い。ただ、やはり外作業で辛い場面も多いので、どうしたって楽しいって気持ちや働きやすい環境が整っていないと続けられない業種かとも思います。
金澤
どの業界もそうだけれど、自分がされて嫌だと思うことをさせない姿勢が大事ですよね。
自分が受け持っている学生は植物に興味がある学生が多いけれど、申し訳ないのですが勧められない業種もあります。地方だと外国人の技能実習生や最低賃金の人を雇って経営を成り立たせている業種も多いので、それを大卒には勧めにくいし、おそらく募集している側も大卒を求めていません。
栗原
緑地や庭園の維持管理がメインになっている小規模な造園会社の雇用環境も、残念な条件である場合は少なくありません。いわゆるブラック企業がとても多い。ハローワークでの募集条件と実状が異なっているとか。
金澤
自分たちは違うんだという企業があればぜひアピールしてほしいですね。
事務所のデザインも働きやすい環境づくりの一端。バイオフィリックデザインを取り入れた市川造園東京作業所三鷹事務所。
栗原
うちは徹底してホワイトな雇用条件にしていますが、働きやすい環境づくりという点も大切にしています。例えば、年齢差や経験差があったとしても意見しやすくしていたり、1年目からでも剪定から草取りまで全てやってもらっていたり。先輩や上司も、自分から積極的に下に教える姿勢を意識してもらっていることも挙げられます。業務に必要な能力の取得に必要な時間も、プライベートを切り崩して無理やり練習させることはせず、業務の中で練習時間を確保しています。
金澤
それはとても素晴らしいですね。技術面の育成で配慮していることはなんでしょう。
栗原
科学的な維持管理を心掛けるよう指導していることでしょうか。樹勢を考慮したら控え目の剪定が良いかなとか、衰弱した原因をいくつも調べて対処するとか。なぜかと言うと、技術重視になりがちな管理作業を多く見受ける印象があり、管理作業後を見据えた緑の状態を意識する姿勢が足りていないように感じていたからです。樹木1本でも健全に維持することができれば、それはグリーンインフラの維持に不可欠な作業であり、とても意義のある社会貢献のひとつです。
金澤
現場の担い手もそうかもしれませんが、今の学生たちにしても綺麗事に対する根拠を説明してあげないといけません。私たちの世代は、綺麗事に対して自分で努力をしたり友達と話したりして解決していこうとするパワーがあった気がするけれど、今は良くも悪くも情報があふれすぎていて、かつ学生はエネルギー不足なので最初に”理”を提示してあげないと動けない傾向が見られます。本来その根拠は自分で組み立てていくものなんだけれど、ある程度こちらで示してあげる必要があるかもしれません。
対談は農大の造園科学科「造園植物・樹芸学研究室」にて。※撮影時のみマスクを外しています。

健全な生活を送るために必要なこと

近年、Well-being※3という考え方が注目されている。2023年に延期された国際ランドスケープアーキテクト連盟アジア環太平洋地区(IFLA-APR)の日本大会でもWell-beingがテーマの一つとして掲げられている。造園界で取り上げられるWell-beingは、Well-beingの意図を組み込んだデザインやプランニングなどが注目されがちだが、それに携わる人たちのWell-beingも考慮する必要があるのではないか。今後、学生や教員、造園業界に携わる方が満たされた生活を過ごすためには何が必要か。

栗原
金澤先生ご本人にも健全な生活が求められますが、学生が心身ともに健全で勉強できる環境を整えることも必要になるかと思いますがいかがでしょうか。
金澤
造園の本質は、人と自然の快適な環境づくりという面がある一方で、携わる側が健全で楽しくないのは確かに良くありませんね。
大学では、最近になってゼミを始めました。研究室の体制がしっかりしているので、これまでも個別対応はしていたけれど改めて必要だなと思いまして。学生の中にはコミュニケーションが上手ではない学生もいますが、そうした場合でも安心して発言できる環境づくりを心掛けています。絶対叱らないっていうことも決めています。
栗原
接触機会を減らしましょうという状況下でのゼミ実施は難しくありませんでしたか。
金澤
去年は、2週間に1度の頻度でオンラインで個別に行いました。学生のモチベーションを維持するために、近況の報告なども合わせて実施し、とにかく学校側が学生を気にかけている姿勢は大切にしました。 授業に関しても、顔を合わせないので小テストなどでは感想やコメントを書くよう促し、それに対してレスポンスをするなどコミュニケーションの機会は出来る限り増やしています。
栗原
これから入学する学生に対する授業の仕方は変わってくるように思いますが、いかがでしょうか。
金澤
正直に言うと難しい点は多くあると思っています。例えば、高校の時からオンライン主体で学んできている場合は、実習をこなすだけの体力がありません。花を植えるといった初歩の実習でも、午後にはバテちゃう学生が結構います。まち歩きなどをやっても、すぐに疲れてしまうので、そうした点も配慮して考え直さなければいけない。
栗原
そうした配慮は学生に伝わっているのでしょうか。
金澤
伝わっていないかもしれないですね。本当は色々見たり遊びに行ったりが出来るのに、それができない状況が続いているので体力の面は仕方ないかなとも思います。ただ、こういう状況なので友達がつくりにくい、といった大学生らしからぬ悩みを持っている子も増えているようです。食事に行く機会も少なくなったし、どこかへ出かける経験もなくなったし、人間関係はとても薄くなっていると感じます。
栗原
学生のウェルビーイングを満たすには、コミュニケーション不足の解消がまずひとつ課題になりそうですね。
金澤
友達や先生の顔が一致しない学生が多いということも気になっているので、その状態で4年間過ごさないといけなくなるかもしれないというのも寂しいから何とかしたいなという思いはあります。課題を提出しに来た時も「何々先生ってどなたですか」と質問されるシーンがあるくらいですから。ただ、不登校気味な学生にとっては授業やゼミに参加しやすく、多少なりとも気が楽になってる側面はあると思いますね。
大学生活の送り方がコロナ過で変わってきている中で、造園業界はいかがでしょうか。
栗原
コロナ過とは関係がないかもしれませんが、造園業の働き方に対する考え方も変わってきているように思います。というのも、昨年スタッフの募集をかけた際、2週間で15名の応募があったのですが、同じタイミングで募集をかけた近隣の造園業者は1名だけだったということがありました。先ほど少しお話ししましたが、うちは雇用契約の条件を完全にホワイトにしており、その点が違いに出たと考えています。
金澤
教員もホワイトな条件で募集をかけた方が応募はたくさんあるでしょうね。
栗原
もうひとつ興味深かったのは、応募者のうち4割ぐらいが女性だったということです。植木屋さんは男性社会のイメージが強くありますが、女性でもやりたいと思ってる方がたくさんいらっしゃるということです。人手が足りないと嘆いている会社に限って女性の雇用を NG にしているケースがあり、実は間口を自分で狭めていることに気付いていません。体格の違いで得手不得手はありますが、それは性別が関係する問題ではありませんよね。この点を境に判断している業者さんがまだ多くいらっしゃるということが、担い手不足の課題の一つでしょう。
金澤
一度経験してしまえば、今までの考えが思い込みだったと気付くことは多くあるように思います。 私が福岡の短期大学に勤めた時、東京出身の新卒の女性という条件は向こうの希望に全然当てはまっていなかったようですが、受け入れてみたら意外とフィットしたというのは後々明かされました。私が働き始めた影響であるかは分かりませんが、ベテランだけでなく若い人も採るようにはなりましたし、地元出身にこだわらず少しの期間でも貢献してくれるなら条件にぴったり当てはまっていなくても良いという切り替えができるようになったように思います。
栗原
私たちが取り組んでいる雇用条件などは、到底マネできないと思い込んでいる造園会社は少なくないように思います。というのは、しっかりした雇用条件ではない会社が、ホワイトに改善するには相当の負担がかかることになります。支払わなければいけない賃金が増えたり、会社で拘束できる時間が減ったり。それは事業者として当たり前にやらなくてはならないことなのだけど、それができていないのは業界の課題ですね。
金澤
担い手不足の一番の解決方法は賃金を上げることだと思います。職種によっては外国の方にお任せしなければ成り立たない状況になっている業界もありますが、賃金を改善出来たら解決する問題ですよね。同じように、造園業界でも対価をしっかり還元できる仕組みを作らないといけません。
栗原
実は私たちも完全にホワイトな体制で取り組めているのは最近になってからで、始める前は本当に出来るのか正直不安でしたが、いざやってみたら工夫は必要ですがなんとかなりました。しかし、土曜日も祝日も働いてこられている会社が、正しい雇用環境に切り替えるのは難しいことも理解しています。造園業の単価自体が決して高いものではなく※4、経営を維持するために思考が集中してしまうので、働き方を改善するための策を練るところに力を割くことができないのは仕方がありません。そうした会社が新しい働き方に対して自社で試行錯誤するにはリスクが大きすぎるので、そこを私たちが代わりに示せていけたらなという思いで実施しています。こうすれば担い手不足も解消できますよ、新しい時代にふさわしい働き方が出来ますよ、といったことを示せるモデルになりたいなと。
金澤
それは素晴らしい。働き方を見直す必要性がある一方で、造園に携わる仕事はオンとオフを分けづらい側面もありますよね。本人は残業だと思っていないとしても、時間のかけ方によっては家族からすれば心配になることもある。私たちの分野は、街の中で何か自分の興味のあるものを見つけたらそこから仕事が始まってしまうので、仕事とプライベートを切り分けることが難しい職種なのかもしれないですね。 写真を撮ってしまったり、考えを巡らせてしまったりしますが、それを仕事だとは思っていません。
栗原
プライベートでも気付くことがあったら考えるようにしようという姿勢を強制することはできないけれど、楽しいからやってしまう姿勢があるっていうのは嬉しいですね。そうした点が見られるのは、仕事からウェルビーイングを享受できているということなのかなとは思います。
栗原は現職までにシンクタンクや海外での作庭プロジェクトへの参加など、造園業界で幅広く経験を積んだ。
写真はチェコでの作庭プロジェクト時のもの。

グリーンインフラとの向き合い方

都市のインフラストラクチャーとして認知された緑。しかし、道路に張り出した枝や落ち葉が邪魔もの扱いされたり、台風などによる倒木によって二次的な災害を引き起こしたり、ネガティブな印象が取りざたされがち。これらを払拭し、さらに質の良いものにしていくために求められる工夫とは。

栗原
金澤先生のグリーンインフラとの向き合い方は、主に都市における緑の健康状態の把握などでしょうか。
金澤
それもひとつで、現場で使いやすい材料だったり、都市の中で適した材料を見つけていくことも挙げられます。
最近では、町田市に協力してもらい、台風で倒木した桜の枯れた原因を探っています。この経緯としては、当初他の大学の先生が樹木の健康状態に問題があると判断されたものの、そもそも樹木がそこの環境に適している種類であるのかも曖昧でした。そこで、土壌調査をしたりハザードマップを確認したりしたところ、どうやら外的な要因も関与していそうだぞと。土壌を改良して枯れたものとは種類の違う桜を植えましたが、また枯れてしまいました。調査を通じてこの場所に適した樹木を探る、そうしたことも行っています。
栗原
個人的に土壌の話はとても興味深いですね。都市の緑地は土壌の環境があまり良い状態ではなく、健全な状態を維持できなくても仕方ないと思える場所が少なくありません。世界ではアメリカやオーストラリアのアーバンフォレスト政策※5のように樹木を健全に育成しようとする動きが進んでいるように思えますが、日本ではいかがでしょうか。
金澤
日本でもそうした動きを取り入れようとしていますが、実際にはあまり進んではいません。実施するにはとても費用のかかることなので、広く理解や協力がなければ、なかなか実施にこぎつけるのは難しいかもしれません。 ただ、これからグリーンインフラに対する意識が広まる中で、緑を健全に維持しようとする動きに協力してくれる存在が増えてくれれば嬉しいですね。
栗原
グリーンインフラという言葉が広く知れ渡っても、管理作業を担う私たちが取り組むことは大きく変わりません。ただ、グリーンインフラを担うものとして、樹木の健全度に対して意識しながら管理する癖をつけなければならないと考えています。都市の中にも色々な環境があるので、場所や環境に応じてその都度管理の最適解を探しながらやらないといけません。
植物の状態を肌で感じながら管理に反映させていく、職人の手仕事。
金澤
自治体やマンション理事会など緑地の持ち主側も受け身になりすぎず、また、流行やニーズにとらわれ過ぎず、この場所はこういう環境だからこういった特徴のものがいいよと専門家に対して案を出せるようになってもらうのが理想です。管理作業を担う側が、現場の環境を即座に正しく把握することは難易度が高いと思うので、お互いの姿勢が樹木の健全度に関わってくるのは間違いありません。町田市の枯れた桜の件でも、地域の声を反映して植え替える樹種は桜以外に考えていないような様子が見受けられますが、例えば、この環境では本当に桜が最適解なのか、桜であっても他の種類の桜を検討する必要があるんじゃないか、など健全に生育させるための配慮が求められます。
それと、緑に対する知識や情報をアップデートする姿勢も大切ですよね。蓄積された情報などに頼ることももちろん必要なのですが、新しい情報に目を向けることも求められます。
栗原
管理を担う側は、実務だけでは情報や経験の積み上げには限度があります。実務の中で色々試す機会もありますが検証するにも時間がかかるので、そうした情報は実務者も拾える仕組みがあると助かりますよね。大学などの研究機関と実務者を結びつける仕組みがあったらいいかな。
金澤
実務者の方が必要としそうな情報に関する研究などは、残念ながらあまり流行っているとは言えません。それは、研究者の成果が点数制であることに関係しています。病気や菌の同定などは成果がわかりやすいのですが、樹木自体の生育に関する研究は時間がかかってしまうため取り組んでいる方が多くいません。それは世界的に見ても同じ傾向にあるようで、樹木学関連の学会でイギリスを訪ねたときに、参加者に若い人は少なく、またイギリスの大学でも樹木の生育に関する研究を行っている人は少ないようでした。長期的に一つのテーマに取り組みにくい仕組みになってしまっていますが、私個人はそうした時間をかけた研究の結果も出すよう取り組んでいます。
栗原
金澤先生がグリーンインフラと関わる方法は多岐に渡ると思いますが、私たち実務者がグリーンインフラと関わる方法はメンテナンスや植栽工事のような直接的なお仕事以外にもあるのではないでしょうか。私は”人と自然を結び付けること”を造園の本質と捉えていまして、それをふまえるとグリーンインフラに対する関心を高めることも造園業がなすべき重要な使命だと考えています。色々な企業がその使命を果たすべく努力されていると思いますが、私たちは地域と密接な関係にある植木屋さんを目指した取り組みを行っています。例えば、事務所を路面店にして立ち寄ってもらいやすいデザインにしたり、節句などの季節の催しの際には事務所前に飾り物をして日本文化に関する情報提供をしたり。現場で出た発生材に少し手を加えて地域の人に無料で提供、といった方法でのコミュニケーションも行っています。
金澤
造園科学科には色々な背景を持った学生が入学してくれていますが、その中には自宅に庭がある環境で生活したことがない学生もいます。そうした学生は緑や自然に関するイメージが備わっておらず、製図の授業でデザインに取り組ませても芝生広場をつくるだけでそれ以上に手が進まない、といった光景も見られます。緑に関心はあるけれど、緑のことをよく知らないという学生は実はたくさんいるのかもしれません。こうした学生たちに対しては、違う文化で育ってきていると割り切って、改めて基本的なことから教える姿勢で臨んでいます。
栗原
緑のことをよく知らない方でも造園学科を選んでもらえるような状況であるのは喜ばしいことですし、そういう人たちを増やしていくことが業界としても理想的ですよね。
マンションの植木から節句飾りまで。人と自然を結びつけるための造園の仕事は幅広い。

造園界の社会的価値の向上

グリーンインフラの担い手としての認知を契機に、造園業界が社会に注目される存在になるのは間違いない。環境に貢献する側面が強い業種であり、多岐に渡る影響を社会に与えている。これをいかに周知し、共感を得られるよう努め、付加価値をつけるか。業界共通の目標である。

栗原
金澤先生は学外の社会活動として、「すてきな造園空間施工管理技術作品コンクール」の選考委員を勤めてらっしゃいますね。これは実務に携わる方々のモチベーションを高めるために実施されているかと思いますが、選考の上で気にされたことはありますか。
金澤
このコンクールは全国1級造園施工管理技士の会(一造会)主催で、今回が第1回目の開催です※6。初回ということもあって色々な作品を応募いただき、その中にはコンクールの意図とは少し異なるものもありましたが、とても良い作品ばかりでした。それと、応募された作品は大きいスケールのものが多い印象を受けましたが、地域の職人さん達でも応募しやすく裾野の広いコンクールになればという思いもありますので、規模が小さいスケールの作品でもしっかりと考えられて施工されているものも今後は選出したいですね。
栗原
最近は個人邸のお庭が減ってきて、職人さんたちが自分たちの職場以外の第三者から褒めてもらえる機会が少なくなっているように感じます。このコンクールのような取り組みが増えるのは、モチベーションを高めるにはとても良いですね。ふと思いついたのですが、良いお仕事をしている現場を見つけたらSNSで勝手に褒めて紹介してしまう、ようなことをやってみたくなりました。
金澤
やはり業界として少し閉じている印象がしてしまいますね。今回のコンクールも応募できるのは一造会会員だけであり、高い水準の技術が見たいという想いもありますが、誰でも参加できる気軽なコンクールではありません。日比谷ガーデニングショーの出展者も毎年ある程度は顔ぶれが決まっていて、常連さん以外を引っ込み思案にさせてしまっている。新しい参加者や考え方を柔軟に受け止められる土壌にはなっていないかもしれません。せっかく造園を知ってもらう良いチャンスなので、オープンな雰囲気をつくっていけたら、と思います。
栗原
業界の付加価値を高めるためには、一部の盛り上がりだけでなく幅広い理解や協力が必要で、それはとても難しく地道なことですよね。その地道な取り組みを継続するにはやはりモチベーションが重要なのですが、私たち実務者のモチベーションが高まりにくくなっている理由の一つは単価でしょう。先ほども話題に上げました公共工事設計労務単価では、東京都における造園工の1人工あたりの単価が普通作業員と同じなのです。高度な技術や知識を必要とする緑の管理を平然とこなしているのに、普通作業員と同じ単価ではモチベーションは高まりませんし、職人としての誇りも生まれてきません。しかし、色々な事情があって現在の単価が設定されているのでしょうから、単価アップを認めてもらえるよう職能の価値を高められる努力や工夫に取り組んでいくしかありません。
金澤
そういう意味では学の分野も頑張らないといけませんね。進士先生が紫綬褒章を受賞された時、一学生として自分の分野が認められたと嬉しかったし、誇りに思えました。今も、すごいことをしている先生はたくさんいるけれど、自分たちの取り組みに対するアウトプットがうまくいっていないように感じています。ただ、研究発表よりも論文を書いた方が評価につながる側面もあるので、アウトプットとモチベーションは必ずしも無関係ではなさそうです。
成果としてアウトプットを世に出すということは私の課題でもあります。研究や調査にしても論文になれば自分の中で満足して終わりにしてしまうこともあるけれど、まだ論文としてまとまっていない研究の経過報告でもコラムでも何でもいいから何かしらの形で世の中にアウトプットして気付いてもらえるようにしたいですね。
栗原
モチベーションの高め方を自身で分かっている方はいいのですが、現状で現場の担い手はその方法が限られているように思えます。造園の現場に携わる方は、そもそも庭を修行の場として一人前になられた方が多くいらっしゃいます。しかし、最近は庭も減って公共用地やマンション緑地の管理ばかりが仕事のメインになっている企業も少なくない。わたしは庭師なのに…庭の木をカッコよく仕立てたいのにと思いながら、仕様が決まっている街路樹をやる。自分は庭師だから庭だけが本当の戦場、といった先入観があっては確かにモチベーションはあがりません。ただ、考え方を変えて、庭の緑だけでなく都市の緑すべてを自分たちの技術をつぎ込む対象と捉えて動けるようになれば、都市の緑の質は格段に良くなります。私たちが自称している「緑師」には、都市の緑すべてを担う存在となり、これまで培ってきた庭園技術を都市の緑に応用したいという想いも込められています。この考え方を共有してもらえたらと様々なことに取り組んでいます。
市川造園東京作業所は、都市の緑を担う「緑師」と名付けた新たな職能のビジョンを共有するチーム
対談
金澤弓子(東京農業大学 地域環境科学部 造園科学科 准教授)
栗原裕也(株式会社市川造園 東京作業所長)
取材
2022年1月
  1. 造園学者。東京農業大学学長、福井県立大学学長を歴任
  2. 百はたくさん、姓は職業の意。たくさんの職業を務められる能力を身に付けなさい、という教え
  3. 個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあることを意味する概念(厚生労働省 – 雇用政策研究会報告書 概要より)
  4. 国土交通省 令和3年3月から適用する公共工事設計労務単価表 参照
  5. 気候変動やヒートアイランド、都市洪水などに対応できるよう都市の中に森を育て、レジリエント(弾力性と回復力がある)でかつ生物多様性に富んだ都市をつくっていこうとするもの
  6. 第1回目の結果 https://icz.jp/archives/373